健康

2008年7月25日 (金)

かたり

もぐ太はどうも気力がいまひとつ湧かないようで、横になってばかりいる。
暑さで体力を消耗するから当然だとも思うが、そばで見ているとなんとも寂しい。
それに、最近だいぶ痩せてきてしまった。食事はたっぷり用意しているし、本人もよく食べるのに、どうして肉が落ちるのだろう…。寝ていることが多いせいで全身の筋肉が衰えているのだろうか。

きのうの「クローズアップ現代」でナラティブ・ベイスト・メディスンというか、患者の「語り」に焦点を当てた活動が紹介されていた。
私も、もぐ太自身の言葉をなるべく書き留めるようにしているが、病の渦中にいるとなかなか語りも出てこないものだ。寛解を迎えた当事者が物語るようなわけにはいかない。不安はあるだろうが、それを口にするのを控えているようにも見受けられる。それを引き出すと気が楽になるのか、ならないのか。
それとも「回想法」のように、私の知らない昔の話を聞いたほうがいいのだろうか。悩むうちに時間が過ぎていく。

2008年7月23日 (水)

うなぎ

10時半に予約票持参で眼科へ行った。すでにビルの廊下までたくさんの人がはみ出して、大変な混雑。
受付の人が「1時間くらいお茶飲んできてくださっていいですから」と言う。え〜?悪い予感。
…中略…
ようやく名前を呼ばれたのは、実に実に午後3時!
昼食もとれず、ひたすら椅子にすわって待っていた。私は雑誌『四季の味』を隅から隅まで読んでしまったが、肝心の患者もぐ太は雑誌が読めるわけでもなし、ふだんなら昼寝をしているところなのに我慢していた。よく頑張れたね。

おなかぺこぺこ状態でデパートの食堂街へ。「うなぎ食おう」ともぐ太。私も大賛成。
ただし、うなぎは時間がかかる。もろきゅうをつまみにちょっと一杯。空腹に酒がしみわたる。
鰻重をふたりとも無言でかっこみ、家路についた。

帰宅後はうなぎのようにベッドにのびる二人。お相撲の時間も知らずにずっと眠りこけた。

2008年7月21日 (月)

今日は好調

直射日光はきついけれど、休日のせいか暑さはそれほどでもない。
もぐ太は久しぶりに葉書一枚を自分で書き上げた。いくつか誤字はあるものの、これなら立派なものだ。朝食後にひらがなの書き取りをした成果だろうか。
ただ、宛先の住所だけは間違いがあると先方に届かないので、私が代筆する。

買い物に出かけている間、留守番をしてもらったが、電話が一本かかってきたそうだ。用件を聞いてメモをとるという、もぐ太にはかなりハードルの高い仕事。それもちゃんとできていて、内容はすべて正確だった。これには私もちょっとびっくり。どうやら今日は調子がいいようだ。
一喜一憂しないとはいっても、こういうときは素直に喜んでいいのではないだろうか。

昼食はソウル風冷麺。私も暑中見舞いを一気に書き上げよう。

2008年7月20日 (日)

猛暑日

早朝5時に散歩をした。気持ちがよかった。
昼間は私も「ぐで〜っ」としてしまい、何もする気が起こらない。
部屋の中もいつのまにか、また汚くなってきた。片付けをしなくては…。

役所の保険年金課から、高額療養費支給申請をしなさいと言ってきた。5月分の医療費の領収書をかき集めなくてはならないが、面倒で腰が上がらない。ま、明日も休日だし。

もぐ太の病気が判明してから3ヵ月。めまぐるしい月日だった。
いろいろあったけれど、まだ元気でまじめに生きている。もっとずっと、いつまでも元気でいてくれていいのだからね。

夕食はチキンと芝エビの軽いトマト煮込み、奈良のにごり酒風味。

2008年7月19日 (土)

お出かけの副産物

もぐ太をコンサートに連れ出してみた。
家にいても本が読めるわけでなし、音楽CDは頭が疲れるからといって聴こうとしない。テレビも見る気がしないらしい。それでも、小さなホールでの生演奏なら、そして好きな種類の音楽なら楽しめるかもしれない…ただ、2時間近くじっと坐っていることに耐えられるかどうかが心配だった。

音楽会はとてもフレンドリーな雰囲気で、視覚的にも美しかった。モーツァルトの初期の作品を集めたプログラムも、考えていたとおり心地よかった。もぐ太も楽しかったと言ってくれた。

夜の列車で帰るのはさすがに負担が大きいと思い、東京に宿をとった。
そこで部屋に備え付けてあった大型液晶ハイビジョンテレビ…ノイズのない映像がすっかり気に入ったもぐ太。
「帰りに買っちゃおうか」「うん」
と話がまとまり、翌朝駅前の家電量販店へ行く。
時あたかも北京オリンピック商戦のまっただ中。一番人気の亀山モデルがずいぶん安く買えた。
配送も瞬く間に済み、きのうからお相撲を大画面で楽しんでいる。

2008年7月17日 (木)

幻の文章

文字の読めないもぐ太が、それでも字を読もうとすると、おもしろいことが起きる。
お昼にデパートの蕎麦屋で冷やしそばを食べていたところ、たまたまガードマンの巡回があった。
もぐ太も振り返ってそれを見ていた。

さて、食べ終わって出口へ行ったとき、もぐ太が掲示の紙を一生懸命見ている。
そして「客同士のけんかがありましたが、無事解決しました。ご協力ありがとうございました、って書いてあったよ」と言う。
実際に書いてあったのは「○○屋商品券は8階食堂街の一部の店舗ではご使用になれません。ご了承ください」なのだが……

もぐ太は性格が素直なので、本当はこう書いてあるんだよ、と教えると、「ええ? ほんと?」で済むが、これが頑固婆さんだったりすると家族関係は深刻なものになりそうだ。

いろいろなことがあって、毎日が新鮮。

2008年7月15日 (火)

クリニックへ行く

もぐ太は放射線療法の代わりに、ある治療を受けている。
血液を少量とり、その中のリンパ球を培養して体内に戻すという治療法だ。
もぐ太自身の血液を用いるので副作用がなく、あとは自分の免疫細胞が腫瘍と闘ってくれることを期待する。抗癌剤で弱った免疫機能を甦らせようという意味もある。
一部の大学病院などでも行われているが、この治療を専門にしているクリニックがあり、もぐ太もそこに通っている。
私たちの家からは距離の割に交通が不便なので、往復2万円以上かけてタクシーで行く。こうしたこともあって、遅まきながらクルマを買う決断をしたのだ。

暑い日だった。帰りがけに買ったソフトクリームが体にしみわたる。
帰宅後も体調はよかった。手紙の口述筆記などして過ごす。

2008年7月13日 (日)

ついにクルマを買う

これが賢い選択だったかどうか、いまだに忸怩たるものがあるのだが…
サンダルつっかけて隣町のディーラーへ出向き、その場で自動車を買ってしまった。
1300ccのお手頃コンパクトカー。

営業マンのお兄さん(いい人だった)は、てっきり冷やかし客だと思っていたようだ。とんとんと成約に至り、頭金を即金でひょいと払ったものだから、びっくりしていた。

こうなるともう後へは引けない。まずは車庫の確保。これは前もって空きを確かめてある。
次に、出張教習を何度か受けて、今時のクルマに慣れなければ。(なにしろ免許をとったのは20歳のときで、当時の教習車はMTコラムシフトだった!)
若いころ何年かは会社へクルマ通勤していたが、いまとなっては遠い昔…。

用途は当面、家から25km離れたもぐ太の病院への通院、そして都内にある私の事務所との往復だ。秋にでもなれば、近くの漁港や紅葉の湖にでも連れ出してやりたい。

2008年7月12日 (土)

生きる

朝食後、朗読の時間が終わったら、もぐ太はさっさとパジャマに着替え、本格的に眠ってしまった。
毎日「食事・薬・おやつ・寝る」の繰り返しだ。でもそれが、生きてるということなのだ。

私も「食事を作る・薬を飲ませる・おやつを用意する・寝る」の他には「洗濯する・掃除ロボットを動かす・スーパーで買い物をする・黒豆茶を作って冷やす」くらいしかしていないが、これも生きているということなのだろう。

人生の意味を問うのは今するべき仕事ではないように思う。日々生きることが最も大切だ。

2008年7月11日 (金)

声を鍛えなきゃ。

本が読めないもぐ太のために、今日は朗読ボランティアをした。
朗読というのは結構たいへんな作業だ。黙読で20ページ読むのは何でもないが、訓練をしていない喉で同じだけの文章を一気に読み上げるのはかなり疲れる。

むかし日本語を留学生に教えていたとき、日本史の参考書を1冊まるごと録音してほしいというリクエストがあり、やったことがある。
今なら三省堂の高校日本史の朗読がiTunes Storeで買えるけれど。

青空文庫のようにテキストデータ化されている作品ならば、読み上げソフトを用いて読むことができる。だが、ふつうに読みたい本を1ページ1ページスキャナにかけてOCRで読ませ、テキスト化するというのは現実的ではない。私がボランティア朗読者になるほうが簡単だろう。
疲れない発声法、明瞭な発音を身につけるにはどうすればいい?

2008年7月10日 (木)

無事帰宅

東京から戻って、ふたりとも泥のように眠った。
駅構内をふらふら歩くのはさすがに危ないと考え、初めての車椅子外出。
なんとか用事を済ませ、ひと晩泊まって帰ってきた。

駅のホームは狭いところに人がひしめき、足もとには視覚障害者用のブロックが敷かれている。こちらも視覚障害者だが、車椅子で通るとなると(しかも車輪の小さい介助用車椅子だとなおさら)衝撃がひどくて大変だ。乗っていてさぞや疲れたことだろう。

午後にはヘルパーさんが訪問。もぐ太は熟睡していたので、いきなり声をかけられびっくり。
「なんで前もって起こしてくれないの」と恨まれた。

2008年7月 9日 (水)

東京へ。

今日は病後初めて東京へ出る日。
体力がもつかどうか心配、駅の雑踏を歩けるかどうか心配、ちゃんと話ができるかどうか心配、と心配の種はつきない。
幸い梅雨はこの日だけ一休みしてくれたようだ。傘があるとないとでは介助犬(私)の仕事も大違い。

東京まではさすがにタクシーで行けない。自家用車を買うか買わないかで、いま相当迷っている。
私はここ20年近くゴールドペーパー免許だが、運転はできると思う。でも事故を起こさない自信は…あまりない。メンテナンスにも不安が大ありだ。
欲しいクルマは決まっており、駐車場の目途も立っているけれど、ディーラーを訪れる勇気がいまひとつ湧いてこない。

列車での移動がいつまで可能か、自動車を買ったとしても病人を乗せる機会が何回あるのか。
考えても溜め息が出るばかり。

2008年7月 7日 (月)

ここらでお金の話

がんはお金のかかる病気だと誰もが知っている。どのくらいかかるのだろう?

もぐ太はがん保険に加入していた。自分がその病気になるとはあまり考えなかったので、掛け金の高いプランではなかったと思う。入院していた分の保険金がこのほど支払われた。

まず診断給付金が50万円。これはがんと診断されたときに出るお金だ。
次に入院給付金は1日1万5000円。うちはほぼ1か月の入院だったので、これも約50万円。
実際にかかった入院費は、差額ベッドが1日1万円と手術料・検査料が主だったが、だいたい60万円。(思ったよりずっと安かった。)
あとは在宅療養に関する給付金が少しだが、これはどういう基準かよくわからない。

入院費が実質まかなえたのはありがたかった。あと、タクシー代がこれで戻ってきたという感じ。
当然ながら保険金で太るなんていうところまでは到底いかない。通院給付金は半年後に請求することになる。

抗癌剤はさすがに高額だ。月1回の支払いが6万円強。これらの治療に加えて、健康保険のきかない自由診療の医療費が、行くたびに25万円強かかる。

病気発見と同時に夫婦とも仕事を辞め、わが家は現在無収入。その代わり生活費は食料品購入と光熱費のみとなった。自営のため地方税と健康保険料の支払いがこの時期に重なり少々焦ったが、今までのところなんとかしのいでいる。

2008年7月 6日 (日)

カレー

今日は暑いので手羽元でインドカレーを。作っている私はなおさら暑いが、汗ばむ顔をザブザブ洗っては鍋に向かう。
私のカレーは大量の玉葱をしっかり炒め、鶏肉で作る。スパイスは基本のブレンドよりも黒こしょう、クミン、カルダモン、生姜が多め。もっとも一応病人食だから、辛さは中辛に抑える。隠し味には醤油。
その時の気分で追加の材料を投入する。いまトマトが入ったところ。

もぐ太は午前に続いて午後の眠りについている。昼の茹で空豆とそうめんもよく食べた。
私は暑中見舞いの宛名を書き終え、小説を読んでいる。杉浦悦子という英米文学者がこのところ集中的に訳している作家シークリット・ヌーネスの作品。興味深く、楽しい。

濃霧

きのうの夕方から濃い霧がかかり、外は真っ白で何も見えない。
もぐ太は一日18時間寝ている。まるで入院中の患者のようだ。
無理もない。起きていても本は読めないし、音楽は変なふうに歪んで聞こえる。テレビはふだんの音量では聞き取れない。薬の副作用でふらふらするので散歩もおあずけだ。何をして過ごせばいいというのか。
そういう状況でも苛立つことなく穏やかにしていられることを、とてもえらいと思う。

家の片付けがひととおり済んだら、私もすることがなくなってしまった。
もぐ太の安眠を妨げないように部屋を薄暗くし、音も極力立てずに過ごしているので、読書の時間も限られる。この暇を活用して新しく何か勉強しようとか、そんな意欲は塵ほども湧かない。
スーパーマーケットまでの往復6000歩と食事作りが私の活動のすべてだ。

2008年7月 5日 (土)

静かな土曜日

看病に曜日は本来関係ないけれど、週末はなんとなくのんびりできる。
看護師さんやヘルパーさんの訪問が休みだし、通院も土日には入らない。言ってみれば、水入らずで過ごす機会なのだ。

抗癌剤の服用は4週間のうち連続5日が1クールになっている。間の23日間は薬から解放される期間。
服用中や直後は特に怪我をしないよう注意が必要だ。あざや出血を修復する力が弱っているから。
もぐ太は室内で2度ばかり転倒したが、幸い無事だった。もう数日はしっかりと見守りをする。

今日は本の読み聞かせでもしようか。

2008年7月 4日 (金)

夏日

朝7時すぎ、荒れた空を尻目に富士山の頂上が覗いた。低い雲がびゅんびゅん飛ばされていった。

もぐ太の見守りをヘルパーさんにお願いして、東京にある私自身のかかりつけ医まで出かけとんぼ返り。
日中、都内の暑さに辟易する。その上、サミット警備や各所の冷房がわずらわしい。

地元に帰り、海風に顔をなでられてほっとした。やはり地方暮らしはいいものだ。
いつの間にか平塚七夕まつりが始まる。

急いで帰宅すると、もぐ太はちゃんとパジャマを着て昼寝中。昼食にと置いていったリゾットも全部食べたそうだ。
私も疲れたのでしばらく眠ろう。この太陽が沈むまで。

雨が降る

早朝の驟雨。西の方向で雷がとどろき、ビニールハウスの屋根が激しく波打つ。
コンビニ行きと洗濯を予定していたが、この雨ではどうしようもない。

もぐ太は昨夕、体調がわるかった。一日の後半になると疲れが出るのではないかと思う。食事の様子がおかしいのだ。
友人に手紙を書こうとしていた。その文字を見ると明らかにめろめろで、まっすぐに書けていないし、漢字は形になっていない。「手紙は調子のいい時だけにしようね」と話す。

こうして悪化していくのだろうかと心配すると、いても立ってもいられなくなる。焦燥感を打ち消したくて、起き抜けにシャワーの湯を自分の頭にかけ続けた。
せめてすっきりと晴れた空を見せてほしい。

2008年7月 1日 (火)

通院日の朝

今朝はもぐ太を病院に連れて行くので、早朝5時から洗濯とごみ出し。
療養生活がこんなに忙しいものとは知らなかった。毎日なにかしら人の出入りがあり、通院もある。
そして、最近のわたしの生活は資源ごみの日を中心に回っている。(どこの家でも似たようなものかもしれないけれど、なにしろ大掃除中で、出す紙の量がはんぱではない。)

今日から7月。海辺のわが町では海開きの行事があるのだろう。
通販で遮光レースカーテンとベランダ用の日よけを買った。
今年は避暑に出かけるわけにもいかず、西日のまともに差し込むこの部屋で夏を過ごさなければならない。

仕事から離れて3か月が経った。いまだに不思議な気分だ。だって、学校を卒業して以来、空白の期間はほとんどないのだから。
たぶんもう戻れないな、と思う。

2008年6月30日 (月)

ねんざ

重いものを持ちすぎたのか、寝違えたのか、気がつくと右手首をねんざしていた。
じっとしていてもずきずき痛む。動かすと時折ぎゃっ!となる。
大量の本の整理、米や液体洗剤の買い物、キャベツの千切りなどと手首を酷使してきたツケが回ったとみえる。
フライパンを振るのはムリなので、炒め物はしばらくお休み。

きのうのもぐ太は片頭痛で半日寝ていた。悪い方向への想像がつい働いてしまう。なんでもないことを祈る。

びわをたくさんいただいたので、戯れに種を植木鉢の土に埋めておいたら、小さな双葉が出てきた。
ベランダにしゃがみこんで、そろそろと水やりをするのが楽しい。

2008年6月29日 (日)

夏にそなえて

エアコンのクリーニングを専門業者に依頼した。
想像していたのよりずっと大がかりで、2時間たっぷり隅々の部品まで徹底的に洗ってくれた。
費用は1台1万円。これで今後5年以上もつそうだ。そう考えると全然高くない。
なぜか手袋もマスクも着用せず、苦しい姿勢で働く若者を見て、なんだか済まないような気になった。

きのうのもぐ太はわりと調子がよかった。
だが、一度頭痛を訴え、わたしを慌てさせた。もしや浮腫のせいだろうか。

雨の日曜日。今日は資源ゴミの結束作業で一日が終わりそうだ。

2008年6月27日 (金)

退院1週間

もぐ太退院から一週間。まずは平穏に過ぎた。
ふた組の方が見舞いにみえ、思ったより元気(ちゃんと髪もあるし)だと喜んで帰られた。
けれど、お客様と話して20分ほど過ぎたあたりから、もぐ太は急に寡黙になる。疲れるのだろう。

入院中に看病太りでふえたわたしの体重は、退院後たちまち2kg減った。家事によるカロリー消費はばかにならないものだなあ。

抗癌剤は来週から始める。手術後ずいぶん間があいているが、大丈夫だろうか。
いろいろな思いが交錯するなかで月末を迎えようとしている。

2008年6月25日 (水)

忙しい…

疲れたのか、もぐ太は昼寝をしている。
最近は来客や外出が毎日のように入り、一日がすぐに終わってしまう。
ばたばたと働き、気がつくともう夕食の支度をしないといけない時間になる。

今朝古書店の人が来てくれた。とりあえず400冊くらいだろうか、床に積み上がっていた本の一部を引き取ってもらう。ここ一週間は、そのための力仕事に明け暮れていたので、本の段ボールが片付いたときにはほっとした。部屋もだいぶすっきり。

ところで、介護保険のヘルパーさんは、制度の趣旨からして被介護者の世話しかできないことになっている。
本人のベッドまわりの清掃は守備範囲だが、居間や廊下やトイレは「共用部分」??なので頼めないそうだ。
ベッドはいちばん大事な場所だから、ヘルパーさんが入る前からきれいにしてある。いったい何をしてもらえばいいのだろう。説明を聞いて、うむむ…とうなってしまった。

2008年6月22日 (日)

楽しいわが家

もぐ太が家に帰ってきた。とにかく安心したという表情。
さっそくケアマネージャーさんがみえて、思ったよりしっかりしてらっしゃる、と感想をもらして行った。
同時に市役所の介護保険課から通知が届き、要介護1の認定が下りたことを知らされた。

わたしはさっそく夕食の支度。病院ではずっとお粥だったから、普通のご飯は病気のあと初めてだ。
まずは魚と野菜中心のメニューとする。もぐ太は「おいしい」を連発しぺろりぺろり。わたしもここでようやくほっとした。

ゆっくりと過ごそう。時間をいとおしみながら。

2008年6月20日 (金)

退院の日

もぐ太は昨日ようやく退院の許可が下り、今日家へ帰ってくる。
しつこかった熱が平熱に戻り、検査値もほぼ正常になった。
受け入れの準備は万端とまではいかないものの、まずまず合格点だろう。
5週間ぶりのわが家だ。
初めのうちは何もさせずに回復を見守るつもり。

2008年6月18日 (水)

専業主婦

わたしは主婦の仕事をしたことがない。
そもそも独身の時期がとても長かった。ひとり暮らし歴は20年に及んだ。
結婚というものをしてみた後も、会社員時代は帰りの時間がかなり遅く、家のことなどほとんどほったらかし。
自営業になってからは東京での泊まり込みが続き、もぐ太が家を切り盛りしてくれた。
もぐ太退院とともに、初めての専業主婦生活が始まる。

ひとつひとつの家事はもちろんしたことがあるわけだが、一日を通しての働き方がわからない。料理は好きだけれど、効率よく他の仕事と組み合わせて毎食作るにはどうスケジュールを組んだらいいのか…。
とにかくやってみないとペースがつかめないだろう。
主婦1年生。病気がくれたチャンスというわけだが、さてうまくいくかどうか。

2008年6月16日 (月)

手すり取り付け

介護用品のお店の人に来ていただき、ベッドに付ける起き上がり補助用の手すりをレンタル契約した。
病院のベッド柵に比べるとなんだか頼りないが、慣れてもらうしかなかろう。
同じく介護用のシャワーチェアは18000円くらいするが、介護保険が適用になれば、後日9割が還付される。風呂場に置いてみると予想以上に大きい。

わたしの叔父が先日もぐ太と同じ病気で亡くなった。腫瘍発見からほぼ1年の命だった。
こういうことがあり、将来を考えるとうなされる晩もあるけれど、退院してからは二人での生活に戻るのだ。平常心で暮らさなければ。

2008年6月15日 (日)

梅雨の中休み

梅雨の晴れ間は大物の洗濯。今朝はシーツを。
退院するとすぐ訪問看護師さんが来てくれることになっているので、このところ掃除洗濯に熱が入る。
将来的には(?)見舞客の方々に拙宅へおいでいただけるようにがんばりたい。

次の目標は衣類を処分すること。
まずは自分の洋服で着る機会のないものをできるだけたくさん資源ごみに出す。空いたスペースを活用して、和室の長押にだらしなく掛かっているもぐ太の服をやっつける。
それにしてもどうしてわたしたち二人は「捨てる」ことがこんなに苦手なのだろう。

言語聴覚士さんによる懸命の努力のおかげで、もぐ太の言語障害は少しずつ改善している。理学療法も効果を奏し、1ヶ月の入院を経ても脚の筋力はそれほど衰えていない。本当にありがたいと思う。

2008年6月13日 (金)

緩慢な回復

もぐ太の目が回っている。
やっと熱も下がり、検査値が正常になり、さあ退院も近いというときに、ひどいめまいが始まった。
リハビリも休んで寝てばかりいる。
先生は「たぶん良性のめまいでしょう」とおっしゃる。

実はわたしもその「良性の」めまいを持っており、ストレスがたまると発作が起きる。頭を動かすと世界がぐるぐる回って倒れ込む。一度発作を起こすと、わたしの場合2週間くらい治らない。本人にとっては大変なことなのだ。

せっかくしっかりしてきていた歩き方も、めまいへの不安からか、つたい歩きに逆戻りしてしまった。回復へのもどかしい道のりが続く。

2008年6月12日 (木)

冷蔵庫、いやその前に。

わが家の冷蔵庫は小さい。東京で働いていた二人が揃って食事をする機会は限られていたからだ。
それに、わたしは大量の買い置きをするのが嫌いで、2日で食べきれるだけの材料しか買わない主義。ビールも飲まないので、冷蔵庫が小さくて困るということはなかった。

しかし、もぐ太が退院して二人が家で三食食べるということになったら、そうはいかない。まして、これから夏に向かうことを考えれば、食材の保管スペースは決定的に足りない。

にわかに冷蔵庫を物色することになった。幅60cmに収まる365リットルの機種にねらいをつけている。

ところが、新しい冷蔵庫を届けてもらうためには、わが家の廊下に積み上がっている本の段ボール12箱を動かさなければならない! 一体どこへ移動させればよいのだ? 
ぎっくり腰が心配な今日この頃。

看病太り

毎日毎日、家と病室ですわってばかりの生活。移動もたいして歩くところはない。それでいて三食がっちり食べ、下手をするともぐ太のおやつに買った甘い物にまで手を出す。病人の体調がよくなってきてからは、帰りに焼鳥屋で息抜きすることもある。
今朝、ふと体重計に乗ってみたところ、驚愕の54kg!!!
原因あれば結果は明らか。とはいえ、これには本当にショックを受けた。炭水化物と脂肪を本気で控えねば。

今日はひどい雨。早く梅雨が終わればいいのにと思うけれども、まだまだ6月12日…
もぐ太は抗生剤の点滴から解放されてうれしそう。来週には退院かも?

2008年6月11日 (水)

不要品処分

退院準備をすこしずつ。
お掃除ロボは少なくともわたしよりずっと有能なので、毎日働いてもらっている。わたしはルンバ君の行く先の障害物を一時どける係。部屋は一向に片付かないが、以前より明らかに清潔になった。

今朝、不要品回収車が近くに回ってきた。あわててエレベータに飛び乗り、軽トラックのおじさんを呼び止める。
プリンタ、掃除機、空気清浄機の古いのを持って行ってもらい、3点で1500円支払った。

続けて段ボール一杯の本を台車に載せ、ふたたび古本屋へ。50冊ほどで1400円。なんともむなしいが、要するに収支とんとんということか。いくらか運動になった分、差額100円の埋め合わせと考えよう。

もぐ太は「第四のがん治療」を受けることになった。副作用のないことがありがたい。

2008年6月 9日 (月)

退院を待つ日々

もぐ太の熱がやっと下がってきた。
体調が安定してきたので、入院以来はじめてシャワーの許可がおりた。ほとんど1か月ぶりのお風呂だ。
手術跡の頭部を洗っていただいて、ようやくさっぱりした。痛みもなかったそうだ。本当によかった。

このまま推移してくれれば、いったん退院できる日も近いだろう。忙しい通院生活が始まる。
今日は別の医療機関で初診を受けるために外出することになっている。往復タクシーだから天気はあまり影響しないが、雨の日になってしまい残念。

2008年6月 7日 (土)

早起きと宝くじ

毎朝4時には目が覚めてしまう。二度寝できるとよいのだが、眠くならない日はつらい。今朝は5時から洗濯をしてしまった。
どうも看病疲れからくる過覚醒状態にあるようで、判断力の低下が心配になる。わたしは今あまり人としゃべらないほうがいいのかもしれない。けれどそういう時に限って、もぐ太を気遣う人から電話やメールを頂戴する。何を話すべきか迷う。

最近は思いがけないことばかり続くので、こんな折りならひょっとして宝くじに当たるかもしれないと思い、ジャンボくじを買ってみた。

とりあえず願うのは静かな週末。

2008年6月 5日 (木)

お掃除ロボ

退院の日にそなえて、ついに買ったのだ、お掃除ロボット「ルンバ」!
他のメーカー製の類似商品は2万円前後だが、元祖ルンバは結構高く、ショップによる比較の結果も販売価格にたいして開きはなかった。いいや、買っちゃえ。

まず3時間の充電を済ませ、いよいよ寝室でスイッチオン!
最初は障害物に足をとられて?同じ場所ばかりうろうろしていたが、やがてベッドの下への進入に成功。まさにロボット君に頼みたかった場所がここなのだ。
なにしろ2つ並べたベッドの下なので、働いている様子を目で観察することはできなかったけれど、縦横に繰り返し動いている様子が感じ取れる。何もせず隣室でお茶を飲んでいるわたしは、まるでアメリカの主婦になった気分。σ(^^)

およそ30分後、ミッションを終えたルンバはホームポジションに無事帰還した。

取扱説明書に従って容器を取り出し、ゴミ捨てをする。おおー、充実の成果。(ずいぶん汚かったのね、やっぱり。)
明日は廊下をやってみよう。ふっふっふ、楽しみ。
もぐ太ちゃん、帰ってきたら家の中が清潔になってるからね。

2008年6月 4日 (水)

日差し戻る

昼から病室に日が差してきた。もぐ太の熱も今日はさほど高くない。窓をわずかに開けて外の空気を入れてみる。

抗生物質での治療を続けている。検査値の改善しない原因がわかれば再手術になる可能性も否定できない。本当は、できることなら再び恐怖体験をさせたくない。麻酔から目覚めるときの幻覚は本当におそろしいものだったらしいから。ただ、他に方法がなければ受け入れるしかあるまい。
もう一度CTを撮るとのことなので、明日か明後日にはまた主治医の先生からお話があるだろう。

何もできない自分がはがゆい。

2008年6月 3日 (火)

梅雨入り

どんよりした空、町もよく見えないほどの雨。こういう天気がこれから1か月続くのかと思うと気が遠くなる。

でも、そんなことは言っていられない。昨夜、熟睡中の10時半ころ、市役所の介護保険課のひとから電話があった。(遅くまでお疲れ様です。)病院に当人を見に来られるそうだ。
介護保険は規定年齢に達していなくても、たとえば「末期がん」であれば対象になる。認定されれば、さっそく退院後の生活に備えた準備が始まる。たとえばベッドの柵、トイレの手すり。

もぐ太にはかねて言い含めてあるが、できないことはできないと言わないといけない。
よい例が、電話や服薬、お金の管理だ。病気で文字が読めなくなったもぐ太には、電話番号がわからないし、医師からもらっている薬の名前がわからない。ひとりで買い物をすることはできず、ATMの操作指示や預金通帳の数字も理解できない。見た目では気づかないけれど、生活に必要な能力が大きく損なわれているのだ。

もぐ太のiPodを病室へ持って行った。液晶に表示された曲名が読めないが、本人が読み込ませたお気に入りの音楽だから、これは問題ない。ただ、イヤホン経由の刺激は脳によくないかもしれないので、「ちょっと聴いてみた」くらいにしておく。

2008年6月 2日 (月)

低調…

もぐ太の高熱続く。もう半月、38度前後の熱に耐えている。疲れるだろう、だるいだろう。
抗生剤の点滴が毎日ある。腕の血管がもう硬くなって、針がなかなか刺さらない。見ていてつらい。
頭をつかうリハビリも今は疲れを増すばかりのように見える。宿題の計算問題(簡単な足し算・引き算)にも手が着かない。

きのうはわたしも調子がわるく、病院から戻るなり、夕食を食べる元気もなく寝てしまった。気持ちの張りが薄らいできたのだろうか。体も頭も動かなくなってきたようだ。

ハウスクリーニングのプロに手伝ってもらって、本格的な大掃除をしようかと思っている。そんなことでもすれば気が紛れるかもしれない。

2008年6月 1日 (日)

明るい朝

青空が雲の切れ間からのぞいている。何日かぶりで洗濯機を回す。

ベランダに置いてある多肉植物の鉢。わたしたちの結婚祝いにとガーデニング師範の友人が贈ってくれたものだ。あれから10年余り。「サボテン女」は何度か鉢植えを危機にさらしたが、人生そのままの紆余曲折をくねくねした姿に体現しながら、今も5つの株が育っている。

もぐ太の病気以来、この寄せ植えをことのほか大切に感じて毎日眺めている。枯れそうな葉はないだろうか、元気でいてくれよ、と話しかける。

2008年5月31日 (土)

美しい五月に

人生でもっとも慌ただしく辛かった5月が過ぎてゆく。
Im wunderschoenen Monat Mai…
もぐ太は病床でこのハイネの詩を思い出し、ノートに書き付けた。
ベッドからはよく見えまいが、病院の周囲は初夏の緑に包まれている。

がんセンターをきのう訪れ、治療方針についておおよその方向性を決めた。
来月からは自宅を拠点に通院治療を行おうと思う。
迷いなく、一日一日をいとおしみながら生きることができますように。

2008年5月29日 (木)

年来の友

今日はわたしの敬愛する年上の友人が病院まで来てくれた。わたしに会いに来てくれたのだが、もぐ太の体調がよかったので病室へも寄ってもらった。音楽好きの仲間なので話がはずむ。
この人とは25年にわたるお付き合いになる。彼女自身、おつれあいを癌で亡くされ、この状況について十分にわかっている。ただそばにいるだけで、何も声をかけなくても慰めになることを知っている。
涙が一瞬まぶたの内側を潤し、そこできちんと止まった。

2008年5月28日 (水)

心静かに

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資料届く

検討している新しい治療法の資料が届いた。
もちろんそれなりに高額ではあるけれど、出せないほどの費用ではない。通院治療で、何より副作用がほとんどないという点がポイントだ。
民間療法のたぐいや代替療法ではなく、自分の細胞を用いる治療法だ。実績についてはなんとも言えないが、脳の末期患者に対して導入している大学病院が複数ある。
関門は、主治医の理解が得られるかということ。がんセンターでは標準治療を勧めるはずだから。しかし、術後の体力低下を間近で見ていると、きつい放射線治療にはなかなか踏み切れない。

限られた時間のなかの数ヶ月を病院で過ごさせたくない、というのはわがままだろうか。勝手な考えだと非難されるだろうか。

2008年5月27日 (火)

ひとりじゃない。

もぐ太はぐっすり昼寝中。病状に変わりはない。熱はきのうよりは下がったようだ。

入院患者の一日は忙しい。朝には運動療法でストレッチや足踏み訓練。点滴が入って、その次は作業療法。ここでは記銘力や計算能力のテストなど。今日の昼ごはんは鶏南蛮そばとサラダとゼリー。午後は読み書き中心の言語療法が1時間あって、それから夕方の点滴。

介護保険の準備はわたしが走り回ることもなく着々と進めていただいている。医師団・看護スタッフのほかにも、これだけの人たちに支えられて今日の一日がある。

穏やかな海

今朝カーテンを開けたら、海に漁船がたくさん出ていた。久しぶりに見る景色。
靴下を履こうとして自分の足を見ると爪が伸びている。そういえば足の爪を気にする余裕なんかなかったものなあ…。もぐ太の爪も切ってやらなきゃ。

きのうはもぐ太の外出用の帽子を物色した。まだ髪はあるのだけれど、手術で剃った後頭部に大きな縫い目が見えるので、外へ行くときには帽子が必須だ。夏用のニット帽はたくさん売っているが、それだと(若くないから)病人そのものに見えそうだし、つば広帽子だとすると内側にテープの縫いつけてあるタイプは痛くて駄目だろう。結局決まらずに店を出た。

わずか2週間のあいだに、驚くほど日が長くなった。季節は確実に移っていく。

2008年5月26日 (月)

ばくばく食べる

もぐ太の食欲はすばらしい。消化器系統に問題があるわけではないので、食事には特に制限がない。ここの病院の食事は毎回なかなか凝っていて、実際においしくできているのだ。
わたしも倒れてはいられないので、自分の食事はしっかりとるようにしている。ただし病院食のように毎回バリエーションを考えている余裕はなく、実質重視。今朝はたまごかけご飯と山盛りしらすサラダをかきこんだ。

病院に付き添いとして「出勤」すること2週間。個室なので、こうしてインターネットにつなぐこともできる。この病気を機会にふたりして失職したため家計に余裕はないけれど、ここでけちっても仕方ないではないか。余分な買い物をしなければ普段の月より安上がりさ!

先進医療の資料を少しずつ集めながら、あれこれの手続きを進める。

2008年5月25日 (日)

どうしても選べない

もぐ太の転院先として提示された公立のがんセンターを訪問。ひととおりの説明を受け、こちらの状況を先生にお伝えした。
選択肢は3つ。まず1つめはそちらに入院して放射線治療を受け、抗癌剤も使用する。2つめ、放射線は受けず化学療法だけを行う。3つめは在宅で看取りをおこなう。

フルセットの治療をしたとしても、治るわけではない。数年延命できるかというと、そうもいえない。ただ、何もしなければ確実に命の終わりは早まる。
今までこんなむずかしい宿題を出されたことがあるだろうか。

緑の美しい郊外電車に揺られながらも、何ひとつ目に入らない。

イカの一日

自分のからだが冷凍イカのように固まっている気がした。

朝のひとときは毎日あわただしいが、きのうはまた特別だった。
在宅ケアの準備を始めるために介護保険事業者の事務所を訪ねる。もぐ太の病状についてくわしく尋ねられ、ひとつひとつ答えた。担当のひとが共感的に接してくれるだけにかえって、語ることを初めてつらいと感じた。

住宅改修がまったなしで始まる。わが家は一応バリアフリー対応マンションだ。それでも、手すりの工事をしなければならない。
疲れきって帰宅する夜には部屋の片付けをする余力がないが、そんなことを言っていられない。数日後にはケアマネージャーさんの調査を受けるのだ。長押に掛かったままのハンガー! 洋服たちをどこに隠そうか。廊下の段ボールをどうすればいいのか…などと焦っていると、
「部屋がきたないとか、そんなこと心配なさる必要はまったくないのですよ。私たち、慣れてますから」「そんなことでご家族が疲れては仕方ないでしょう。他人の手を借りればいいんです」
と諭された。

もぐ太はまだ熱でふうふういっている。手術から9日、そろそろ落ち着いてもいいはずなのに。
午後、土曜日とあって初めての見舞い客。もぐ太のきょうだいが来てくれた。
お帰りの際に近くでお茶。ひととおりの経緯と見通しを話す。重い時間が流れる。

入院以来、もぐ太の昼食と夕食に付き合うのが楽しい日課だ。ところが、全身の疲労で配膳の時刻が待てない。外の雨脚はいよいよ激しくなった。帰らせてもらうことにした。そういえばわたしも先日ダウンしてから一週間休んでいない。

タクシーに乗り込んだときには、冷凍イカが冷凍倉庫から転がり出たという感じだった。凍ったまま、指圧師さんのところに転がり込んだ。人の手というのはなんとありがたいのだろう。75分、からだを委ねたらイカはくにゃくにゃになった。そのまま帰宅し、ベッドへ倒れ込む。

2008年5月23日 (金)

耐えるということ

病理検査の結果は悲観的なものだった。
予想どおりとはいえ、心の奥底にこたえた。

来年も桜を一緒に見たい。
年末はどうしているだろうか。夏は乗り切れるだろうか。

なぜ自分の心が今もちこたえていられるのかわからない。
不思議なほどに感情の昂ぶりも落ち込みもない。
今朝は資源ゴミを縛って出しに行き、きのう先生から預かったCT画像をカメラで複写するために、まず窓ガラスを磨いて写真をセロテープで仮止めした。標準レンズをつけたデジタルカメラで病変の見える断面をていねいに撮影した。それがもぐ太の脳であることが実感できていたのかいなかったのか、自分でもわからない。写真の向こうには初夏の青空が広がっている。

2008年5月22日 (木)

緊張ほぐしがたし。

今日は確定診断の言い渡しがある日。朝から気分がほぐれない。
生命保険会社に電話をして書類送付を依頼する。

もぐ太は微熱があり、調子がよくない。
リハビリ中も疲れた様子が見え、早めに切り上げていただいた。
今日からこことは別にワープロで客観的な記録をつけることにする。

今晩を境に局面が変わる。
見舞客を受け入れなければならないだろうし、手続き的な仕事もふえる。
退院後の生活サポートについて、あたりをつけておかなければ。
だが、本当に自宅でゆっくりと過ごせるようになるのだろうか?

2008年5月21日 (水)

回復すすむ

きのうはいろいろな進歩があった一日だった。
もぐ太の熱が36度台に初めて下がり、本格的なリハビリが始まったのだ。
生活能力が格段に向上した。うれしい。
病棟の廊下を手すりを頼りに歩いてみたり、トイレへ行ったりすることができた。

PTに加えてOTとSTの皆さんが病室を訪れてくださる。
力強い援軍を得て、勇気が出てきた。

アマゾンに注文していた本が届き、読み始めて驚いた。
症例として紹介されている人と、もぐ太の症状がそっくりだ。
病気の理解に役立つし、リハビリの参考にもなる。ありがたい。

2008年5月20日 (火)

あらし

大雨洪水警報。玄関の戸が風で激しく鳴る。
東海道線が止まってしまい、いずれにせよ動くことができない。
タクシーを呼んでもしばらくは来てくれまい。
海風が窓に塩混じりの水滴を叩きつける。

昨夜は荒唐無稽な夢にうなされ、よく眠れなかった。
相棒もぐ太の幻覚に共鳴したのだろうか。

もぐ太の意識ははっきりしているが、たまに錯語が見受けられる。
天井の蛍光灯を指して「テーブル消していいよ」などと言う。
37〜8度の熱が続いている。看護師さんに眠りから起こされたときなどは見当識もあやしくなる。
とはいえ会話を始めるとごく自然だし、記憶もよく保たれていて、人名が出てこないことがある程度だ。

脳に関する本を何冊か選んで読む。
あらしをよいことに少し休養させてもらおう。

2008年5月19日 (月)

ついにダウン

きのうはわたしが高熱でダウンしてしまった。
腋の下のリンパ腺が見た目にも腫れて痛い。体がどうにも動かない。

手術終了までの極度の緊張、長い長い一日、病状の告知。
病院特有の「気」にも当たったかもしれない。
さらにもぐ太の回復につれ、食事介助や排泄介助という慣れない仕事が加わり、とうとう疲れが限界に達したものとみえる。

午後ようやく半分復活したのをとらえて病院へタクシーで向かった。
もぐ太の飲料水の買い置きが底をついているはず。何より幻覚状態のなかで孤独にしてはおけない。

「ごめんねー」と病室へ行くと、案の定もぐ太はわたしの不参についてひどく心配していた。
それだけではない。ひとりで立ち上がろうとして2回転んだという。頭も打ったが大丈夫とのこと。
お医者さまと看護スタッフを慌てさせてしまった。

2008年5月17日 (土)

病室にて

もぐ太はちょうど、うとうと昼寝をしている。
ここは重症患者のための個室。ナースステーションのすぐ近くだが
広い部屋なので日記くらいは書ける。

手術後は幻覚妄想が出て、大声をあげたらしい。
あの世へ行く前なら美しい花畑でも見るのかもしれないが
現世にとどまるつもりのもぐ太が見たのは、悪いやつらに金を脅し取られるという、いかにもみみっちい物語。いいではないか。
今でも「幻聴さん」は四六時中現れ、ふつうの会話をしていたかと思えば
次の瞬間には、ふっとまがまがしい物語の世界に入ってしまう。

まだ熱があるせいだろうと楽観しているが
退院しても幻覚が残るようだと、家で留守番などさせられない事態となる。

この病気に限っては、いわゆる闘病記が極端に少ない。
脳外科医でありながら腫瘍を抱えてしまった岩田医師の本が唯一といえるほどだが、これも手術待ちの間に読んでしまった。
意識清明でいられる時間はもとより、命そのものが短すぎるために、闘病記が成立しないのだろう。

こういうときは感情に訴えない書物のほうが助かる。
岩波新書が自宅にたまっているので、軽そうなものを適当に持参する。
内田隆三『ベースボールの夢』は前半が興味深かった。
今日は譚璐美・劉傑『新華僑 老華僑』文春新書を読む。

深夜の帰宅

午後1時に始まった手術は、予定の5時間を過ぎても終わらなかった。
ICUの近くの椅子で、やきもきしながら待つ。待つしかない。
手術室の扉が開くたび緊張して立ち上がるが、別の患者さんだ。

手術室は7つある。第1から第3、そして第5から第8。
つまり四はない。

夜9時、とうとう消灯時刻が来て、廊下が真っ暗になってしまった。
いやがうえにも不安が募るが、そのとき、もぐ太をのせたベッドが運び出されてきた。
生きていたー。

まもなく先生に呼ばれ、手術の説明を受けた。
やはり出血が多く、困難な手術になった。正常組織を守るため腫瘍をいくらか残さざるを得なかった。
迅速検査をみる限りでは、腫瘍は悪性。
正確な所見は一週間後にとのこと。

集中治療室のもぐ太をほんの数分だけ見舞う。麻酔から醒めきっていない。
でも、自分の名前は言えた。言語能力は大丈夫だ。

ICUから廊下に出たときは、さすがに少しふらついた。
術後の急変があれば電話で呼ぶから帰宅しなさい、と指示される。
電車の中で涙がにじみそうになったが、こらえることができた。

2008年5月14日 (水)

明日は手術だが…

もぐ太入院当日、なんと37.9度の熱。
わたしの風邪が移ったのか。たいへん申し訳ない。
いけないことだが、自分のもらった風邪薬PAを渡してとりあえず飲んでもらう。
午前中休んでも熱は下がらない。
ニンジンと空豆のあたたかいスープで早めの昼食。

2008年5月12日 (月)

風邪をひいた!

きのう寒いなか歩いたせいか、つい風邪をひいてしまった。
しまった、まずい。もうすぐもぐ太の手術なのに、こちらが変な菌を持っていては付き添いができなくなってしまう。

もぐ太が「相談がある」というから何かと思ったら、自分の葬儀について希望を述べておきたいという。
縁起でもないといって聞くのを拒否するのは簡単だけれど、いずれは迎える日のことなので、話したいだけ話してもらったほうがいいだろう。そのほうが不安との距離がとれてよいのかもしれない。
ごく簡単に、淡々と打ち合わせをした。

脳外科の場合は、手術自体にリスクがあるために、100例にひとりは手術によって亡くなるという。100分の1とは高すぎる確率じゃないか。万が一当たってしまったらどうするのだ…。
鷲田清一さんの『「待つ」ということ』が部屋にあったので読み始める。手術室の前で読むのはさすがに怖いような気がして、今日読み終えるつもり。

2008年5月10日 (土)

日程きまる

今日も朝から本の整理。
もぐ太の手術日が決まり、病院から連絡があった。
手術室のスケジュールをやりくりしてくださったらしい。先生に感謝。
前日に入院すればいいので、また3日ほど余裕をいただいた。その間にわたしも自分の用事を済ませられるし、友人たちにも会える。

昼ごろ、郵便局へ行きたいというもぐ太に付き合って外へ出たが、雨の冷たさにふるえあがり、無理して体調を崩すといけないからと説得して家に戻った。三食おうちごはんの日。

2008年5月 7日 (水)

本を売る

先日来整理した本を台車に載せ、手近な古本屋へ売りに行った。
うちにクルマがあれば、もう少しまともな古書店に運べるのだが…。
大型の段ボール箱からあふれるくらいの分量を持って行き、2930円を手にした。まあ、こんなものかな。
焼き肉屋で冷麺ランチ2人前と生ビール1杯頼んで、ぴったり消費した。
本の整理でカロリーもいくらか消費したし、部屋もちょっとは片付いた気がするので、全体では得をしたと思うことにしよう。
空気が乾燥していてビールがおいしい。もぐ太にもちょびっと飲ませてあげた。

2008年5月 6日 (火)

静かな連休

眼科受診から14日がたった。今朝は久しぶりの晴天で富士山がくっきりと望める。
今は手術前のモラトリアム。つかの間の平安な日々だ。
もぐ太の具合はべつに悪くない。ふたりで食べるごはんは旨い。

造影MRIには白くぼやぼやした部分があった。大きさは4cmくらいだという。このぼやぼやが視神経を圧迫して現在の症状が出ている。
開頭手術でこいつを摘出してもらうことになった。手術日までひとまず退院して自宅待機。

首から下のボディには今のところ癌は見あたらない。幸運だ。脳の腫瘍がもしも良性なら、わりあい長い余命が望めるだろう。一方、これが膠芽腫であった場合には、長期生存率は非常に低くなる。摘出した組織を検査して初めてその診断がつく。

先の予定が何も立てられなくなったので、ほうぼうへキャンセルの連絡を入れる。
タダ富雄さんの「寡黙なる巨人」を読んだら、「私のように日の当たるところを歩いてきた者は逆境に弱い」とあった。なかなか言えないセリフだ。こちらは日陰もよく歩いてきたから、きっと大丈夫だろう。

2008年5月 2日 (金)

夜は困る。

それでつまり、もぐ太は3日間の検査入院をしました。
入院の朝、びわを一緒に食べました。びわはっていえば、わるいけど房総のじゃ駄目で、長崎の茂木びわに限ります。

造影剤を入れたりしてたくさん写真を撮りました。付き添いの間に「グアムと日本人」を読み終え、イサベル・アジェンデの「ゾロ」を読み始めたもののうまく乗れないので、リチャード・ブローティガンの「芝生の復讐」に切り替えました。くやしいけどすごくおもしろい。

今日までに明らかなことはひとつだけ。もぐ太の病気は脳腫瘍でした。ただし、どう治療するのかはまだわかりません。悲観も楽観もおあずけのまま、今夜はひとり留守番です。

2008年4月29日 (火)

そうだ目医者へ

実は、めろろの相棒「もぐ太」が最近「字が読みづらい」と言いだし、ある日眼科を受診しました。
いろいろと検査をしてもらった結果は…両目とも視野の右半分が欠けているということでした。
ところが目には一切異常がないので、脳外科へただちに行くようにとのアドバイス。あ〜れ〜(O_O)!

脳梗塞かもしれない…
近くの大病院にすぐ連絡を入れましたが、その日は午後休診、翌日は外来休診。「あさって来てください」と拍子抜けするような返事。(いいんですか、それで?)

仕方なく自宅にとどまっていたわたしたちは、こんな話をしました。
「あのさ、もし誰かお見舞いに来るなんてことになったら大変だよね」
「これじゃ、来てくださいとは言えないよな」
「片付けるか」
「そうだな」

まずは居間の床に積み上がっていた相棒の本をサイズごとに分類し、とにかく雑誌と新書は全部ひもで縛ることにしました。敵は一応病人らしいので、力仕事は当然わたしの役割です。
最初の一晩で300冊をやっつけ、翌朝の資源ゴミに出しました。床が少しだけ見えてきましたが、テーブルの上すら一向に片付きません。
もぐ太ちゃん、長生きしてくれ…これから毎日掃除するから。

2008年4月24日 (木)

目医者と大掃除

はじめまして。めろろです。
昨日の顛末を投稿しようとしたところ、さっそくヘマをやって消してしまいました。
とにかくわが家にちょっとした事件が起きまして…。
昨日から猛烈な勢いで部屋の掃除をしています。
まあ、おいおい聞いてくださいまし。

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